失われた夜の歴史

晩御飯はさっき食べたとこ。あと何分かで九時になる。

そしたらクラスのみんなも観てるドラマが始まる。

おじさん達がうちに来ているから、もしかしたら今日は見れるかも。

酒飲んで大人の話で盛り上がってるし。

しかし野望は打ち砕かれる。九時だからもう寝なさい、と言われ、

『九時だから』ってなに、と思いながら寝室に送られる。

あとちょっとだったのに。タオルケットが煩わしい。

電気は消されて、部屋は真っ暗。

ドアの底から、リビングの光が廊下づたいに漏れている。

向こう側の影が揺れてる。時々笑っているのが聞こえる。ところどころ、方言も混じっているせいで何を言ってるかは解らない。

…あのドラマ見たいって話、前したのに。はぁー。いいなあ大人は…遅くまで起きれて。好きなテレビ観れるし。大人にも子供の頃はあったのに、なんでこんな時くらい優しくないかねえ。

でもお父さんのちっさい頃はお金持ちのおうちだったから、集落でも一つか二つしかないテレビがあって、同級生が家に集まってみんな見に来てたって言ってたな。

じーの子供の頃は…テレビは絶対ないな。ていうかラジオもないかも?電気もあったか怪しいな?そしたら夜何してたんかな??電気無かったら本も読めないじゃん!暗くなったらすぐ寝たんかなー。電気ないから星いっぱい見えたはずなー。でも毎日ずっと星だけ見てて飽きなかったのかな?昔の人超ヒマじゃん。俺には無理だなー。……。

 

やっぱり寝れない。灯り無いとすること無さすぎでしょ。ていうかおじさんたち来てるし、今日はお母さんちょっと甘いかもしれない。いい顔したいはず。「お母さーん、やっぱり寝れんから眠くなるまでちょっとだけテレv…」

「ダメ!!寝れ!!目つぶったら寝れるよ!!」

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星を知らない遠い昔は、夜空は天上の世界を覆うベールであり、

星々の輝きはその異世界から漏れている光だと信じられていた。

光の向こう側には神々が待つ。

信心深いもののうち、星から声を聞いたものもいるだろう。

星に語り掛けていたんだろう。明日の暮らしを願っていたのか。

暮らしで起こる理不尽なことに、神へ怒りをぶつけていたか。嘆いていたか。

 

幼い頃、星は月のお友達、と教わった。

走ってもずっとついてくるやつ、よく見ると思ってたより明るいやつ。大きい時もかっこいい形になるときもあるやつ。あのあれ。あれがお月様。星はあのお月様の遠いバージョン。それか近いやつ。

星座も教わった。あそこをつなぐとカシオペア。あれが北極星。空のてっぺんの目印だよ。絶対北にあるからよ、夜迷子になったらあれをみなさいね。

 

教わった時点で、星座は星と星を結んだ線で描くもので、星は物体としてインプットされる。「線や点でむすぶもの」、「物体」という知識からは逃れられず、星のことを「夜のベールにあいた穴」とは想像しない。

腑に落ちた説明を、ふたたび疑うことはむずかしい。

知識は空想の余地を殺してしまうことがある。

いまの世で、誰か想い人を投影しない限り、星に話しかける人はいない。

 

逆にその知識が正しくない場合。

 もっともらしくて、疑われることのなかった(検証の余地がなかった)誤った理論。

そこに繰り返す日常で気づいた法則と、自然現象の一部が当てはまる時に、迷信は生まれる。迷信は行動を縛り付ける。

泣けば山から猛虎来る。夜口笛吹くとお化け来る。コーラで洗えばなんくるない

 

世俗のなかで迷信は、何度も形を変えたりしつつ立ち昇り、時代の進歩とともにいつしか忘れ去られる。

その当時の人々が信じていた精神世界の記録が残されず、忘れられたまま永い時間を経てしまうと、「昔の常識」を再び目の当たりにする頃には、もはやそれはファンタジーとしての要素を帯びている。

 

10年前の常識はダサいし(「iphone?携帯オタクっぽくてキモっ」って扱いだったねえ)、50年前の常識は笑える。200年前の常識は不思議に感じて、さらに過去はファンタジー

 

失われた夜の歴史

失われた夜の歴史

 

過去の「夜」は現代人の知らない「夜」だった。

夜に対するエピソードが大量に紹介されており、読み進めるうちに、闇夜はプライベートをもたらすが、災いの成分も多く含んでいるので、日が暮れただけで生きるや死ぬやの時間になる。でも人間にとっての夜の最大の脅威もまた人間であることがわかる。

 

 

誰かが夜に家の戸を叩いても、悪霊かもしれないし、夜道ですれ違う顔の見えない相手は悪魔や強盗かもしれない。

 

・夜の居酒屋では、アルコールと男性の暴力的な雰囲気が高純度で満たされており、ちょっとしたことで殺したり殺されたりが日常茶飯事だし、

 

・夜中に井戸水を汲みに行くと、よく落ちて死ぬ、川に落ちて死ぬ、崖に落ちて死ぬ、とにかく夜道は死が近づく

 

・法律は朝と夜とで異なっていた

 

・宿など、家から離れた場合、ベッドは共有するものだった。他人と同衾することも、さらに同衾者がいることは喜ばしい事だと考えられていた(!)ベッドの中では親密さが増すので、相手のことなど気をかけない主人と召使のような主従関係も、昼とは違い進んで破られる傾向があり、召使との私生児ができたり同性愛がはじまったり…

 

・睡眠時間は基本的に、どちらも同じくらいのまとまった時間の「第一の眠り」と「第二の眠り」の二度寝スタイル。大体真夜中を過ぎた頃に一度目覚める「睡眠のための中休み」があって、その時間はトイレに行ったり火の様子を見たり、内職をしたり外に盗みに走ったり。

 

 

当時の人々にとって、幼い自分が感じた退屈な夜こそ、ファンタジーだったのかも。

語り継がれなかった夜への誘惑に富んだ、眠れない夜におすすめしたい一冊。一言文句をつけるなら、各エピソードの時間軸がバラバラなので、風習の変遷がつかみにくかったかな。

ところで異世界転生もののライトノベルなんかはこういった認識の異なりも描いているんだろうか。だったら読んでみたいけど…強くてニューゲームものが嫌いなので(偏見)。